2023-01

日本家屋に住む一家

わたしは商店街のようなところを歩いている。狭い通りで、住宅や商店が櫛比しているが、そのうちの一軒の家の前を通りかかったとき、わたしはふと足を止めた。 その家は通りに面して居間があり、引き戸を開け放っていて家の中が丸見えである。古い日本家屋で...

映画館で

わたしは映画を観に来ているのだが、それは『沈黙の春』というタイトルの映画なのである(レイチェル・カーソンの同名の著書とは異なる)。この映画はもうずいぶん昔に公開された非公式の映画で、映像が美しくストーリーが秀逸なことから、わたしはかつて夢中...
読書記

カジミール・マレーヴィチ

ひょんなことからウクライナの画家、カジミール・マレーヴィチの『無対象の世界』を読んでいる。 この人の絵はもうまったく具体的事物を離れて、感覚を表現することだけを目指しており(マレーヴィチによると、感覚だけが唯一人間にとって把握・表現できるも...

川を泳ぐウサギ

わたしはスパイか工作員のグループの一員である。わたしたちは数名のグループで、みんなして街の中を走って敵から逃げている。街は夜である。 走っていると、目の前にバス停がありバスが止まっているのが見える。バスに乗りこもうとする客の列ができており、...
日記

遅すぎた気づき

自分が好んで責任を負えるような領域というものが、人には少なくともひとつは必要なのだろう。それがウェブサイトの構築なのか、小説なのか、そのほかなんであれ、人には健全な、しかし同時に愚かしい自尊心の保持のために、なにかひとつはそうしたものが、こ...
読書記

マルクスとエンゲルスその2

3日前に見た夢のために、エンゲルスの本を買った。それによると、エンゲルスはマルクスについてこのように書いている。「天才をうらやむことなど、誰にできるだろうか。その才能はあまりにも特別なもので、それをもたぬわれわれは、はじめからそんな権利は手...

第三の連れ

わたしは学校の旅行で東京に来ている。もう夜で、夕食は各自自由行動とのことなので、わたしはひとりして夜の街へ向かうが、同級生のNが一緒にカレーを食べに行かないかというので一緒に行くことにする。 Nの行きたい店は、飲食店の多く入った商業ビルの半...

マルクスとエンゲルス

わたしは会議室のようなところで、会議か討論会のようなものに参加しているらしい。 円状に椅子が並べられ、若いのから年とったのまでいろんな人が座っている。議題についてはあまり覚えていないが、わたしもなにか発言し、みな研究者とか専門家の立場からな...

収容所の少年

わたしは古い映画を見ている。その映画は、強制収容所に収容されて少年時代を送った、あるユダヤ人の男を主人公にしたものだ。 映画は彼の少年時代、彼が収容所に入れられて、その中で生活しているところからはじまる。その場所から彼は出ることができないが...