フレンチコートに中折れ帽をかぶった男たちが、壁を向いて一列に並ばされている。夢はそのなかのひとりの男の独白からはじまる。
「奇妙なことだ。あの男がこのことに気がつかないとは」
男たちは、ときどき手を上げたり下げたりする。いま背後にあるものが、死体であるかそうでないかを答えるという試験を受けているのだ。ただし彼らは壁を向いているので、背後にあるものを直接見ることはできない。背中で感じろというところである。
男の独白は、男の尊敬するとても能力の高い別の男が、死体があるのに少しも気づかないということを言っている。手を上げるべきときに上げず、下げているべきときに下げていないということを云っている。
この月の14日に、スパイ小説の名手ジョン・ル・カレが亡くなっている。ル・カレの小説はいくつか読んだだけで、あとはドラマになっているものを見たりしただけだが、わたしはこの夢からむしろジョルジュ・シムノンのメグレ警部を連想してしまう。大学のときフランス語の授業でメグレ警部ものをいくつか読んだのだが、わたしはそのフランス語の文章になんだか圧倒されてしまって、だいぶ頭をやられてしまった。日本語でこんなもの絶対に書けないと思い、すっかりシムノンのファンになってしまったが、どうもそれもいけなかった気がする。
この夢で台詞を話す男は、能力が高いはずの男がてんでだめなのを不思議に思っているが、たぶんその能力の高い男は、背中でものを感じることなどできない男なのである。父が以前、自分の体の周囲に広がっている空間に対する危険察知能力が歳とともに衰えてきたことを嘆いていたが、背中で感じたり背中で教えたりすることのできない男は、どれだけほかの能力が高くても、結局のところ、肝心なときにあんまり役に立たないのではあるまいか。

