毒婦

 これはおそらく江戸時代の話である。全編、背景は実写だが登場人物はまんが日本昔ばなし式のアニメふうである。

 ある田舎に、ひとりの絵師の男が住んでいた。団子っ鼻で髪をうしろでひとつに結った男で、美男ではなく、絵師という仕事をしてはいるが本人の気質は芸術家というより職人で、良識的で堅実な中年男である。
 この男の家はちょっとした崖の上にある。その崖から下を見下ろすと、もう廃墟になった寺が見える。その寺に、いつの間にかひとりの女が住み着いた。ずいぶん前からここにいたのかもしれないし、最近引っ越してきたのかもしれない。ともかく、その女は並みの女ではなく、たいへんな毒婦で、もう何人も人を殺しているという話である。その中には情夫のほかに、自分の肉親さえ含まれているという噂である。
 この女が、真面目で堅実な絵師の家の裏手に住みつき、いまでは絵師の男に懸想しているのである。その女は円山応挙の幽霊の絵みたいな女で(つまり、この女の容姿だけアニメより一段写実的なのである)、美人だが雰囲気がなにやらものすごくておそろしい。髪は乱れ、口元に笑みをうかべながら、妖しいすごみのある目つきで男を見つめる。くらくらするような美人だが、男の良識はこの女は危険だと告げており、男はなるべくこの女には関わらないようにしていた。

 毒婦は男の気を惹くためにあれこれやってのける。ある日男が何気なく障子を開けたら、女が家の戸をわざと開け放って、どこかから引きずりこんだ男とセックスしているのが見えた。だがそうしたことは、しっかりした常識に支えられて生きているこの男を困惑させ、女への嫌悪を募らせるばかりである。
 男はある日とうとう耐えられなくなり、金輪際自分に関わるなと云ってやるために女の家へ向かった。女の家には、女のほかにひとりの男がいた。小柄な、どこといって特徴のないありきたりな男で、女から少し離れたところに座布団を敷いて座り、キセルをふかしていた。女も座布団の上に座って、絵師が来てくれたのでうれしそうにしている。だが絵師が語気も鋭く女を拒絶するような発言をし、そこにどうあっても埋めようのない断絶を感じとった女は、気落ちしてなよなよと崩れ落ちる。

 このあたりの描写は曖昧であるが、ともかく次の瞬間、男の目の前で女は突然、光につつまれて消滅してしまう。女の座っていたあたりには穴が開いており、黒い土の上に黒ずんだ人間の頭蓋骨が落ちている。それはその女の頭蓋骨なのだが、何人もの人を殺めてきた女の生き霊が、ここに滅びたのである。
 そのときキセルをふかしていた男が立ち上がってやってきて、穴の中をのぞきこんだ。そうして煙を吐き出しながら、この女も憐れな女だった、とつぶやいた。この男は、女の正式な夫であったらしい。彼はそれきり黙りこんでしまったが、ここにひとりの思慮深い、誠実な男のいたことを、絵師は感じるのである。