白鳥の乙女

 散歩中、橋の上を通りかかると、そこにおびただしい数の白鳥の羽が落ちていた。数羽の白鳥がなにか死に物狂いの乱闘でもやったというような風情で、わたしはそれを見てすっかり考えこんでしまった。
 その直前、わたしはある青年のことを考えていた。その人は父親が凄腕の射撃手だった。父の技を受け継いだ青年は、粗暴な、荒々しい、どことなく重苦しくうちに沈んだような男で、父親譲りの正確無比な射撃の腕を持っている。この青年がとある男を復讐のために殺してのけるという話なのだが、そういう話が思い浮かんでいた矢先に、白鳥の羽が雪の上に散らばった、ちょっとものすごい光景を見たので、わたしの頭はいっぺんに白鳥のヴィジョンに染まってしまった。

 この場所で、二羽の白鳥の決闘が行われたのである。その二羽の白鳥は、一羽の美しい白鳥の乙女をめぐって決闘する羽目になったのだが、それというのもその乙女があんまり内気で、あんまり優柔不断で、あんまり傷ついた乙女だったために、二羽の白鳥が自分を好いていることを本気にせず、自分にはそんな資格などないと思っているうちに、二羽のオス白鳥のほうでは互いに敵意がつのり、おれが死ぬかおまえが死ぬかどちらかだというところまで行ってしまった。そこでこの二羽の白鳥は、乙女をめぐって死闘の限りを尽くし、互いに傷つき血を流して、壮絶な戦いの末、ともに果てた。乙女がそのことを知ったのは、もう二羽ともが死んでしまったあとのことだった。

 乙女は息も止まらんばかりに驚き、自分のあまりの罪深さに慄然とし、絶望した。乙女は嘆いた。わたしに美貌があるばかりに、わたしが女であるばかりに! そして乙女は死を決意し、あの太陽に焼き殺されようと、天をめがけて飛び立った。ところがその太陽は、そもそも近づくことさえ容易でなく、乙女は途中で力尽き、真っ逆さまに落ちた。ああ、わたしはこのまま死ぬのだと乙女は思ったが、落ちた先は湖で、水鳥の本能がおぼれ死ぬことを許さなかった。

 乙女は傷つき、次は大地の上に落ちて死のうと思ったが、どすんと尻から落ちた土の上で、彼女は好物の餌をめざとく見つけるばかりで、おのれのあさましさに乙女はまたも深く絶望した。そこでとうとう人間に撃ち殺してもらおうと思ったが、土で汚れ、疲れ果てて毛羽だっている白鳥の姿を見て、猟師は顔をしかめ、そばにいた子どもをけしかけて石を投げさせ、ただ遠くへ追いやろうとするばかりだった。

 この乙女は、自分のほんとうの罪深さとはなにかを知るまで生き続けなければならない。それは非常に険しい道であるが、それを知ったとき、乙女は繊細で傷つきやすいあわれな乙女から、輝くばかりにまぶしい白鳥になるに違いない。そのとき、彼女をめぐって決闘するような血気盛んなオスはもういない。彼女自身、そんなオスを相手にする年齢ではないし、彼女を愛するオスも、そういうオスではないのである。

 能の『求塚』の菟名日処女うないおとめを救済する役目は、なにも旅の僧ばかりではなくて、すべての女が担っているのだ。