玄奘と観世音菩薩

 なにげなく般若心経を読みはじめたが、なんと般若心経の主人公は観音様なのである。解説を中村元博士が書いているのだが、般若とは人間が真実の生命に目ざめたときに現れる根源的な叡智のことである、と博士は書いている。

 この一文に感激しながら読み進めていたら、『西遊記』の三蔵法師のモデルになった玄奘と観世音菩薩にまつわる興味深い伝承のことが書いてあった。玄奘は般若心経の翻訳者でもあるのだが、彼はインドに赴く前、空恵寺という寺において、病める僧から般若心経を口伝された。その後玄奘はインドのさる寺でこの病僧と再会したが、その僧は、わたしは観世音菩薩であると告げて空中に消えたという。

 玄奘と観世音菩薩の交わりはよほど親しかったようで、般若心経の写本のひとつに、「観世音菩薩が三蔵法師・玄奘のために親しく教授せし梵本にして潤色せず」との副題がつけられたものがあるという。中村元博士はこれを、古代人の心がよくあらわれた副題であると書いておられるけれども、おそらく玄奘はほんとうに観世音菩薩に会って親しく交わったのだろうと思われ、そのことを考え考えしているうちに、ひとつのお話ができてしまった。そのお話はまた書く機会もあろうけれども、もしも旅の途中で観世音菩薩に会わなかったならば、玄奘は旅を終える前に死んでいたのではなかろうか。