この一週間ほど、なにかに憑かれたようにゾロアスター教と古代イランについての本を読みあさっていた。そこから転じて、しまいにイスラム教の神秘主義、スーフィズムへと向かってゆき、井筒俊彦の著作を読みこなしている自分がいることに気がついた。
井筒俊彦の本はいつか読まねばなるまいと思っていくつか買ってあった。スーフィズムについての概説書もなぜか本棚に眠っていた。スーフィズムの大詩人であるルーミーの著作も、もう20年も前に、ネットの海に流れていたのを拾ってあった。
スーフィズムにおいても、人間の意識はいくつかの階層をなすものとして考えられており、具体的には次の5つによって構成されると考えられている。
① ナフス・アンマーラ
意識の最表層。強制的な命令をやたらに下す魂という意味で、含蓄に富んだ用語である。
② ナフス・ラウワーマ
二番目の層。やたらに非難したがる魂という意味で、これもまた実に味わい深い用語である。
③ ナフス・ムトマインナ
安定した安静な魂。自己の内面をここまで降ってくると、スーフィズムの実践者たるスーフィーは、自我意識を離れはじめる。あるスーフィーが、魂がこの段階に到達した際に現れるイメージを伝えているのだが、これが非常に面白い。
「自分の経験的自我を超克しつつあるきみの目の前に突然、きみ自身の顔の丸い形が現れてくるのだ。それは磨き上げられて塵ひとつ残さぬ鏡の表面のように、澄みきった清らかな光の円である。この円はしだいにきみの顔に迫ってくる。そしてついにきみの顔はその円の中に吸いこまれてしまう。もし、きみがほんとうにこういう経験をしたら、この円こそ自分の魂の第三層のイマージュだと考えて間違いない」
④ ルーフ
精神、霊の領域。輝かしい太陽として表される、純然たる生命エネルギーの場。ここで人は自己の真我=光の人間となり、神との対話に入る。
⑤ シッル
秘密。意識の最下層、無意識の深みを指す。ここへ来ると、人の魂は経験的な次元を完全に離れて、絶対者そのものになってしまう。
5番目の境地についてはもちろん経験がないが、4番目までについてなら経験的に理解することができる。多くの宗教において、人の意識を階層的に理解しているのは興味深いが、それがまぎれもない経験からくる事実だからだと思われる。
それで、これらのことを理解できるわたしというものへ戻ってくると、それを理解しているからといって別にどうということもなければ、相変わらずわたしはこの世的ひとりの人間に過ぎない。神の顔を親しく眺めたことのある者が、地上でなにか特権的な地位を占めることができるというならば、多くの者が喜び勇んでこの道へ入ってくるだろうが、ここはそういう世界ではない。この領域のことは相変わらずごく少数の好事家の探求するままに任せられていて、それを表へあらわすこともうちに秘めておくことも、その好事家の自由である。この好事家が表向きの世界をどう生きるかは、おそろしいことに、まったくこの者の好きに任せられている。それをうちなる宝として天に積んでおくことも、人類共通の財産として地上へばらまくことも、その人の自由なのである。
スーフィズムについていろいろを読んでいたら、ペルシアの大詩人ハーフィズについて書かれている箇所があり、うちの本棚にハーフィズ詩集があったことを思いだした。それで引っ張り出して読んでみると、そこにわたしの思っているそのままのことを思っている男がいた。
ハーフィズは詩の中で、自己を「遊蕩者」と定義している。この「遊蕩」には一般にいう放蕩や道楽とは違った独特の意味合いがあって、真の信仰と人間生来の欲求とを調和させようとする自由な態度をもつ人のことを指しているようである。
一般の宗教家や信者たちは、宗教儀礼や従来の慣習、伝統に固執することを敬虔さと思いがちだが、ハーフィズによればこれは偽善であり欺瞞なのである。神に対する真の信仰を抱きつつ、宗教上の束縛に拘束されることなく人間生来の欲求に即しながら自然に生きる。これが彼の理想とした境地であって、自分の欲求に従って自由に酒も飲めば恋もし、そうやって宗教上の規範から逸脱しているという意味では放蕩者だが、その心中は、儀礼や戒律を生真面目に守り、既存の宗教制度に乗っかって信仰心を満足させている者よりもはるかに神のそばにあり、神とともにある。それが裏心なく偽りない彼の生き方なのである。
ハーフィズは生涯、故郷シーラーズの都を離れることがなかった。為政者が変わり、厳格なイスラーム法にのっとって統治しようとする王が、町の酒場という酒場を閉鎖してしまったときに作られた詩がある。
酒場の扉が開かれる日が来ようか
われらのもつれた仕事の結び目が解かれようか
うぬぼれた隠者の心のために閉ざされたなら
意を強くせよ、神のために扉は開かれよう
朝酒を飲む放蕩児らの心の清さのため
祈りの鍵であまたの閉ざされた扉は開かれよう
葡萄樹の娘を悼む文をしたためよ
酒売りの児らはみな縮れた巻き毛を解こう
美酒の死を悼み竪琴の糸を切れ
飲み仲間らはみな睫毛から血を流そう
酒場の扉は閉ざされたが、神よ
偽善、欺瞞の館の扉が開かれるを許し給うな――黒柳恒男 訳
彼の生き様は、なるほど逆説的でややこしく、もつれた仕事に違いない。禁欲的な隠者が戒律の遵守に喝采を浴びせるとき、神を真実に信頼し、かつこの世のわれとこの世の存在とをともに尊ぶ者は、閉ざされた酒場の前で寂しげに微笑み、運命と時の力を信頼して立ち去る。
スーフィズムには独特の時の概念があり、覚者であることは、時の要請に従って行動できる者という意味もある。ハーフィズはこのように詠っている。
もし心が時の力を知らず、なにもしないとすれば
時がもたらすものに対して 非常に恥ずかしいと思う

