自己を醜いものと思っている人のなかには、美が自分に加える仕打ちによって身を滅ぼす人がある。しかしこういう人はある意味で、ある一直線の、ひねくれているように見えながら非常に一本気な人生を送るようにできている人である。この人の葛藤は自己の醜さというところだけに注がれていて、ある意味で単純だ。しかしわたしはどうもそういうふうにいかないようである。
神はわたしに自己の表も裏も光も影もよく見るようにと言っている。わたし自身の態度を性急にどちらかに決める必要はないが、しかしよく見るようにとは言う。影は大きくなり実体を飲みこみ、そこから実体の逆襲がはじまる。これはいつ果てるとも知れぬゲームみたいなものだが、このゲームこそがこの世で起きている非常に大きなことで、おまえはそれを生きなければならないし、同時にわたしと同じ目をもっていなければならないと神は言う。
ある人がわたしに、非常に考えさせられることを言ったことがある。その人いわく、地に足をつけるために天とつながっているような人があるが、そういう人はまったく普通の人のようにこの世のことで苦しまねばならないようだ、ということである。しかしその人はそうでありながら同時にこの世を超えている、そういう人が、どうも急速にいなくなってしまっているのはなぜだろう、と。

