ある寿司店に若い息子がひとりあって、この息子はもうすぐ寿司職人になるための修業をすべく家を出ることになっている。ところがいまこの息子は厨房でひどく落胆して、唇をつき出して不満げな顔をしている。彼は今度、とても有名な寿司店に弟子入りするための試験を受けることになっているのだが、そこの親方がたいへん高齢で、もう何度も弟子入り試験が中止になっているのである。
このたび試験の直前でまた中止になったというので、息子はもうむくれて泣きそうな顔をしている。彼は早く高名な親方のもとで自分の腕を磨きたくてしかたがないのに、何度も延期されるので、じれったくて悔しくてどうしようもないのである。
ところでこの若い息子は、もうすでに寿司職人の格好をして、実家の寿司店で働いている。厨房には父親のほかにその弟子が何人もいて、みんなこれから世に出るこの若者に、精一杯自分たちの技術や、職人としての心得を日々教えてくれている。この若者はだから、もうすでにいっぱしの職人見習いで、包丁なども使える。みんなして彼を応援しているからである。
この若い職人見習いは、修行のために家から出る必要は少しもない。けれどもやっぱり出なければ本人の気が済まない。そうではあっても、結局彼は家にいたままで十分立派な職人になれる。父親も立派な職人だし、その弟子もいい人たちである。みんなしてこぞって彼の才能を伸ばし、一人前の職人になれるようにしてやろうという、厳しいけれどもなんとも優しくよい雰囲気が厨房にあふれている。そういうものの価値に気づくにはしかし、このいかにも若者らしい前のめりな息子は、ずいぶん遍歴を重ねなければならないだろうけれども。

