わたしは志賀直哉とけんかしている。どういうけんかをしたのか知らないが、彼に背を向けて、小さなメモ帳に自分の見た夢を書きつけている。
これは非常に象徴的な夢であると思われる。志賀直哉のことはわかる。わかるというひと言で簡潔に表さざるを得ない意味でわかる。これはだいぶひどいことで、ちょっとこのわかり方は恐いので、あんまり志賀直哉に深入りしないほうがいいと思っている。たとえば彼は山手線に轢かれて大けがをしたことがあり、その療養中にハチとネズミとイモリが死んでいるのを見て、自己の生と死に関わる小説をひとつ書いてしまうような人である。そういう極端に小さな偶発的な体験、などと呼べるのかどうか、人によってはあやしく思われるだろうが、そういうことが彼の精神上の大事件になって、小説をひとつ完成させてしまう。
志賀直哉は女中との結婚を希望したのをきっかけに父親と決定的に不仲になるが、ではさぞ父親と大げんかして、出ていくの行かないの、愉快なことになったろうと期待などすると、肩透かしを食らう。そういう出来事があったというより、あくまで父との意見の対立という事実が志賀直哉のなかに産んだものが途方もなく大きかったということであって、彼はのちに父と和解するのだが、それも傍から事実だけを見るとなにが和解なんだ、そもそも父との対立とはなんだと言いたくなるほど、まったくあっけない。あんまり些細なことに過ぎて、人によってはなにもなかったと言ってしまえるほどである。
こういうことがわからないと、志賀直哉はちっぽけな事実というか精神的動揺を前に厳粛に考えこんでいるだけの、甘ったれた優雅な貴族で、現実を知らぬ鼻持ちならないお坊ちゃんだと噛みつくことになる。それは確かにその通りで、そういう主張もわかる。
ただしこういうふうに志賀直哉を非難する人が、志賀直哉に噛みつくことによって、なんとか脱志賀直哉したかったという可能性もある。とまれ小説家という人種の中には必ずひとりの志賀直哉がいて、現実の志賀直哉はそれを極度に純粋に生きることのできた、志賀直哉というひとつの原型といってさしつかえないかもしれない。この純潔の志賀直哉が、どこまで現実と衝突し、どこまで現実を軽蔑、ないし凌駕してゆくかで、書き手の立ち位置が決まると言ってもよい。
小説家の中には必ず志賀直哉がいなくてはならない。そうでなくては小説など何の意味もないし、なんのために書くのかもわからなくなる。けれども小説家と志賀直哉との関係は微妙なものである。たとえば生活の必要に迫られている多くの作家などは、志賀直哉したくともできない。そういう連中の恨みを、志賀直哉はときに一身に受けることにもなる。志賀直哉を生きるには、その前提として非常に多くの好条件に恵まれていなければならない。あらゆるお膳立てが整ってはじめて、志賀直哉は志賀直哉たりうる。
わたしはかなり純粋な志賀直哉を生きているほうだ。そしてそれで非常に幸福である。もしも世界一幸福なもの書きというものを審査する賞があったとしたら、わたしはたぶん、かなりいいところまでいける。誰にも読まれない代わりに好きに書くことができ、生活の労苦にも少しもさいなまれていないし、この世はわたしにとってはやはり他人である。その他人と否応なしに同棲しなければならぬところに、志賀直哉の苦悩がはじまり、創作がはじまる。
そういう志賀直哉と、わたしはけんかしたのである。

