最近ゆえあって権威の問題など考えているが、祖父や家長などは、たしかにひとつの揺るがしがたい権威であるし、そういうものに唯々諾々と従って、波風立てず家の中に小さく収まっている、というのはいかにも女性の知恵ではある。反対に、自分以外のあらゆる権威をいっさい認めず独立独歩でゆくのだという、これは非常に立派だけれども、あんまり男らしすぎ、立派すぎる気がしないでもない。
そして人は得てして、なんらかの権威をもつことをむやみに忌避するか、あるいはそれを振るうこと自体が目的となって、自分がその権威というものと本来なんの関係があるのかということにはてんでおかまいなしという、両極端な態度につい陥りがちではないかというところまで考えたときに、そのような態度は少々子どもっぽく、未熟な態度ではないかという気がする。そしてそういう未熟な態度こそ、その人が権威を扱うことを難しくしているという気もする。
人が生きる上で、権威やなんらかの社会的圧力の問題は避けて通れないが、わたし自身、一面極めて権威主義的な人間であることを考えると、権威に表だって反発しはじめたということは、おそらくよいことである。権威に反発するには、それに反発できるくらいに強く、自分自身の存在の根っこをしっかりつかまえていなければならないからで、これがぐらついている人には反発はおぼつかない。なにくそという精神と同時に、そういうものを無化する柔軟で開かれた精神も必要になるわけで、これは非常に難しいが、しかしやってやれないこともないような気もするのである。

