すっかり習慣になってしまった陰ヨガをはじめたが、しばらくしたら、お釈迦様がわたしの頭のあたりに座ってわたしを見ていた。てっきりお釈迦様だとばかり思っていたが、どうも観音菩薩のようで、観音様だとしたら、頭のあたりにいるのは変だとわたしは思い、そう思ったのが伝わったのか、観音様は静かにわたしの股のあいだに移動して、そこへお座りになった。それでわたしは、そこに観音様がいることは自然でよいと思った。
おまえがいま、自分の頭のあたりにこのわたしが立っているのは変だと思ったことは大変よいと観音様はおっしゃった。おまえはいま、ひとつの病を克服したのであるとおっしゃった。病を克服することは、打ち消すことでも打ち勝つことでもないとおまえは学んだのであるとおっしゃった。わたしはそのとおりだと思って、そのような学びを自分ができたことはすばらしいことだと思い、非常に長い旅を自分はしてきたと思った。
観音様はわたしの気のすむまでわたしの股のあいだに座っていてくださったが、我が家には室町期の古い観音菩薩像があって、毎年観音様をお祭りする。祖母は生前、観音様を非常に尊んで信仰していたので、わたしは以前祖母のために観音経を写経して、自分の家の観音様にさしあげたことがある。やれやれやっぱりこれも家にあったのかと思い、どうして家にあるものを見つけるのにこんなに手間どり、いらぬ苦労をするのか、自分でもわかりかねるが、それもまあ仕方がないと思ったことであった。

