わたしの知人が、この人はこの世で一番そういうことをしそうにない人だが、突然なんの前触れもなしに、わが家へ車で乗りつけてきた。
その人はずいぶん遠方に住んでいるので、わたしは驚いたが、どうやらうちを拠点にこのあたりを観光などしたいようである。事前になんの連絡もなしに、いきなり泊まりがけでやってくるようなことをされて、わたしは非常に迷惑に思った。そもそも自分はこういうことにかなり心理的な圧迫や負担を感じるほうだが、よりによってそういうことを金輪際やりそうにない人が、よりによってこのわたしにそういうことをしてきたということで、わたしはまったく面食らってしまい、なんだか途方に暮れてしまった。
とはいえ、来てしまったものは仕方がないから、まさか追い返すというわけにもいかないし、わたしは仕方なしにあちこちを案内したり、一緒に観光らしいことをしたりして、ともかくもひととおり、その人をもてなしたわけである。
しかしそういう想定外のことをしているうちに、知人の思いがけない一面をのぞいたような気のすることがたびたびあって、それがどうも悪くないような感じなのである。なるほどこの人にはこういう一面もあるのかということがしみじみわかるようなことがあって、こういうことは、この人が思いがけなくうちへ来たりなどしなければ決してわからなかったろうと思った。はじめは心理的にほとんど不当に圧をかけられたような気がしたのだが、結果的に、これはそうひどい出来事でもなかったようである。
なんだか革命的な夢を見たと思った。それがどういう革命なのかは相変わらずなにも説明できないしわからないのだが、ともかく革命的な夢を見た。
この夢を見たあとしばらくして、急に過去の夢日記をみんなブログにあげてしまおうと思ったのである。なぜそんなことをする気になったのかよくわからないし、やっぱり筋道立った説明などなにもできそうにないが、なにかがわたしをしてそういう気にさせたらしいのである。
こうやって、本人がなんだなんだと思っているうちに、妙なところで妙なことが進むということがある。それがいいのか悪いのか、一体全体なんなのか、やっぱりわたしにはわからないわけだが、別に自分がなんでもわかっている必要はないので、わかる人がわかっていて、時を心得てやってくれるならばそれはそれでよいことと思う。わたしがもったいぶってケチをつけたり疑義を呈したりしなければ、うまく進むということもずいぶん多いようである。
こんなふうにして、わたしというものの主体性とか存在意義とかいうことはどんどん薄れてゆくのであるが、こんなものは極限まで薄く引き延ばされてもなお往生際悪く残っているというようなものにちがいないから、どのみちあまり心配はいらないようである。

