救済

 散歩に出た。空は晴れていた。日差しは鈍く輝いて、地面に降り積もった雪をきらきらと輝かせていた。わたしは陽気に、足どりも軽く出発した。空が晴れ渡っているのを美しく眺め、昨晩降った雪のおかげで山の木々が薄化粧しているのを見ながら、気分よく歩いていた。

 ふと気がつくと、いつの間にか北のほうから鈍色のどんよりした雲がせまってきて、空をほとんど侵食していた。晴れ間は南の山の上にわずかに残るばかりになり、まもなく雪が降ってきた。風も吹いてきた。視界は徐々に吹きつける雪に覆われて白くなり、やがてあたりはなにも見えなくなった。目の前の一歩を確かめるのがやっとという世界の中にわたしは閉じこめられ、体を丸めて慎重に歩いた。雪はいまやあられになって、わたしの顔めがけて憎らしい相手でもあるかのようにバチバチと吹きつけてくる。わたしは天を仰ぎ、わたしめがけてやってくる雪を見た。雪は女である。気まぐれで激情的な女である。女よ、とわたしは思った。わたしが虐げてきた女よ。これがおまえの痛みであるか。これがおまえの苦しみであるか。これがおまえの閉じこめられた思いであるか。女よ。これがおまえであるか。

 わたしはのろのろと進みながら、うめくようにつぶやいた。女よ、わたしをうんと痛めつけるがいい。これがおまえの痛みであるか。これがおまえの苦しみであるか。これがおまえの世界であるか。これがおまえであるか。女よ、許せ。許せ許せ許せ。

 やがて少しずつ風が弱まり、あられは吹きつけるのをやめ、小さな花びらのような牡丹雪に変わった。雲の向こうから、いつの間にかほのかに薄明が差してきて、その光が厚い雲のヴェールを溶かしてしまい、やがてふたたび晴れ間が戻ってきた。青く輝くような空から、小さな花びらのように雪は舞い降りてきた。ひるがえり、くるめき、さんざめいて笑いながら、からかうようにわたしの頬や額をかすめて、無数の雪が舞い踊りながら過ぎていった。その景色の中に立って、わたしは救済という言葉の示すもののいっさいを見たように思ったが、同時にわたしはいまこの散歩の中で、ほとんど半世紀も生きたように思った。現実の時間ではたかだか一時間のことに過ぎなかったが、わたしは猛吹雪の中、あの灰色の暗い、行き場のない狂ったような世界の中で、何十年も過ごした。それはわたしの生涯だった。わたしの生きた時間そのものだった。あるいはそれ以上だった。わたしは微笑み、青空の下で、いつまでもひらひらと舞い降りる雪を見つめた。