あるヴィジョン

 目をつぶって頭を空にしようとしていたら、こんなイメージを見た。

 実家の前に子どもであるわたし(5歳くらい)が座っていた。わたしが近づいてゆくと、彼女は立ち上がり、家の裏のほうへ走っていった。家の裏手は田んぼが広がっていて、つきあたりは山になっている。防雪用の杉の木の横に、丸太が積まれてあって、ビニールシートがかかっている。わたしたちはその丸太の山ごしに、しばらくあたりの景色を見ていた。山や空はいつものように親しげで、美しかった。
 やがてその子は丸太の山から離れ、家のまわりに巡らされている用水路を越えて立ち止まり、わたしをふりかえった。道は左右に分かれている。左のほうへ行くと集落の奥に、そして山に続いている。右へ行くと、根もとに水が湧き出ている木がある。わたしはどっちへ行ったらいいのかわからなかった。すると子どものわたしは左へとことこ駆けだした。彼女の前にはいつだか見た白蛇が走っていた。

 わたしは追いかけたが、ふいに水の湧き出ている木ならもうひとつあることを思い出した。家から十分ほど歩いたところにある古い大木で、わたしはその木を心から愛していたが、残念なことにわたしの通学路からは外れていた。その大木の前を通って学校へ行く別の集落の子たちのことを、わたしはどれほどうらやましく思ったことだろう。毎日行きと帰りにその木を眺め、親しく会話を交わせたならば、どれほど心が慰められたかしれない。わたしが使っていた通学路は、山を切り開いて団地をつくったときにできた道なので、風景がちっともおもしろくなく、親しみをもてるものがなかった。
 その大木のことを思い出したとき、わたしはすでに小さなわたしとともにそこにいた。緑色の涼しげな風が流れ、黒黒とした大木の、根もとの大きなうろのあいだから湧きでた水は、丸い透明な鏡をつくって揺れている。あたりには生命の息吹が満ちあふれている。
 わたしと小さいわたしとは湧き水のつつましい泉をはさんで座った。小さいほうのわたしは手に小さなプラスチックのコップをもっていた。小さいのはそれを湧き水に浸して水をくんだ。そして自分でひと口飲んでから、わたしに差し出した。わたしはそれを飲んだ。甘く澄んだ味がした。次の瞬間、わたしは地面に倒れこんで、動けなくなってしまった。小さいのはそれを見てゆっくりと立ち上がり、倒れているわたしの足元までやってきた。小さいのは立ち止まってわたしを見下ろしたと思うと、突然大きくなって、大人の背丈になった。わたしの身長より大きかった。小さいのは……もはや小さくなかったが……そのままわたしに重なるように倒れこんだ。
 そこで小さいのは消えてしまい、わたしは体を起こした。そして家に帰った。