ランチタイムのせい

 わたしは地下のビストロのような飲食店にいる。よく行くお店の店長がホールを担当しているが、店の内装は違っている。メニューの看板があちこちにわかれて置かれており、どれも違うメニューが書いてあって、全部を知るにはそれぞれの看板のところへ行かなければならない。
 店の中は混んでおり、店長はひとりで接客するために忙しい。熟年の夫婦、キャリアウーマン風の女性、中年の男性ひとり客、などがテーブルについていて、それぞれに声を上げて注文をする。みんな自分の好きなタイミングで勝手にメニューを叫ぶが、わたしはタイミングが全然つかめないのでいつまでたっても注文できない。そうこうしているうちに、看板のメニューにどんどん売切れを示す横線が引かれていく。わたしは焦りだした。この店長は、普段なら客の様子にかなり細かく気を配っていて、自分から聞きに来てくれたりするのだが、今日は忙しいのでそれどころではないらしい。

 わたしはなんだかがっかりして、みじめな気分になってきた。声を上げたものが欲しいものを得るというシステムは、わたしの好きなやり方ではない。わたしがまだなにか残っていないかと、のろのろと看板を見に行ったら、店長が皿を運ぶついでにこっちへやってきた。わたしがふりかえると、店長の後ろにかけ時計が見えた。時計は午後二時過ぎを指していた。わたしは夜だと思っていたが、ランチタイムだったのだ。

 なあんだ、とわたしは思い、うれしくなった。こんなに店が混んでいて、なんとなく殺伐としていたのは、ランチタイムだったからだ。みんなこれから午後の仕事があり、時間がないのだ。おまけにランチタイムは一見さんが多い。夜なら、こんな見知らぬ人たちに囲まれていないで、常連のよく知ったお客と店長とで、仲良くやっていける。常連は店長が忙しくしているとじっと待っているし、自分の頼んだ料理があとまわしになっても全然気にしない。そういうことなのだ。