学者と剣をとる男

 わたしはとある大学教授の講義に出席している。眼鏡をかけた、穏やかな顔の40代くらいの教授が講義を担当している。教授は細身だが、よく見ると案外しっかりした体つきをしている。

 教授は淡々と講義を終えて部屋を出てゆく。廊下で教授の母親が、なんとなく非難するような顔つきで待ち受けている。教授は母親を無視して足早に廊下を進むが、母親は追いかけてくる。
 やがてふたりは、薄暗い地下の一室にたどり着く。その部屋には、布で包まれたなにか細長いものが置かれている。母親がそれを指差し、息子を非難しはじめる。おまえは頭がいいかもしれない、皆に慕われているかもしれない、学問ができるかもしれない、でもおまえは本来剣をとる者であり、それで戦う者である。おまえはなぜ自分のその義務を果たさずに、この剣をここに置いたまま、ばかげた学者面をして表をほっつき歩いているのか。

 息子は云い返せない。彼の魂もまた迷っているのである。彼は学問を心から愛する。世界をそのようなやり方で理解することを、彼の魂の一部はほんとうに欲している。だが彼の魂のまた別の部分は、まったく別の情熱と喜びを自分は知っていると彼にささやきかける。彼はそれを完全に無視することはできないし、否定することもできない。

 学者をするだけだったら、鍛えぬかれた鋭敏な体は必要ないかもしれないが、それが同時に剣をとる者であるのなら、彼にはすぐれた体も必要である。自制心も勇気も必要であり、思索する頭を脇にのけて、戦場という現実に対応しなければならない。

 学者であると同時に剣士であることを要求される人間とはどんなか。しかしそれは母親の要求であり、学者はそれを無下に断ることもできない。軍靴の音が聞こえてくる。剣を打ち合わせる鋭い音がする。おれはいったいどこにいるべきなのだろう。おれの心はどこにあるのか。この書斎にか、それともあの戦場にか。

 おそらくほとんどの人が戦場へなど出てゆきたくないが、それもまた義務であるという場合に、その義務というものをどこまで重んずるか、自分が望んだわけでも、決めたわけでもない、いわば運命が決め与えたものに対し、それをどこまで受け入れてみせるか。ひとつだけわかることは、自分の思惑が裏切られることはずいぶんあるが、運命がわたしを欺くことは、めったにないということである。