わたしはとある一軒家で、同年代の男と女と三人でルームシェアをして暮らしている。男はなんだかはつらつとした、元気いっぱいの好青年で、女のほうは髪を背中の半ばあたりまで伸ばした、朗らかな感じの人である。
ある晩わたしたちが家に帰ると、畳敷きの居間の隅になんだかごそごそ動くものがある。電気をつけてみると、それは手のひらくらいある、赤血球のような形をしたコーヒー色の虫である。女が歓声を上げて、それはナントカという非常に珍しい虫であるという。わたしたちは頭をつきあわせて図鑑で調べてみたが、確かにそれは非常に珍しい虫であるようだ。
その虫は人語を解するだけでなく、話すこともできる。そのように貴重な虫なのだが、どうも態度がいじけていて、隅っこのほうにばかりおり、口調も投げやりなような、かと思うと妙に媚びているような、変な虫なのである。だがその変なところが変に魅力的なので、わたしたちは総出でその虫を懐柔し、しまいに手に乗せたりなでたりすることができるようになった。手に乗せてみると結構な重みがあり、しっとりした手ざわりである。その虫はわたしたちの手のひらの上で、ここが気に入っているので置いてくれという。わたしたちは了承する。
こうして虫との暮らしがはじまったが、その虫は珍しいだけあって、生息環境についてなかなかシビアな要求が多いようである。ことに餌は非常に好みが難しく、有り体のものでは満足できないのである。わたしはその虫に向かって、こういうものはどうか、ああいうものはどうかと提案してみる。虫は首を振ったり、気に入った提案が来るとうなずいたりする。そうこうしているうちにその虫は、いつの間にか灰色の毛並みの美しい猿になっていて、わたしの腕によじのぼって眠ったり、わたしの胸もとにぶら下がって時間を過ごしたりするようになった。
こういう気難しい変てこな虫は、虫本人もひと苦労だろうが、それを迎え入れる側もなにかと苦労するわけで、しかしそういう苦労をあんまり苦労と思わない人もいるわけである。そういう家に迎え入れられると、虫のほうでもしだいに気持ちがゆったりして、思いがけない変身を見せてくれるかもしれない。

