わたしは大学のキャンパスにいるのだが、そこはどうも現在、日本在住のロシア人が半ば軟禁されるようにして住んでいるらしいのである。門のところには門番がいて、出入りには極度の注意が払われている。
わたしは授業を終えて教室を出て、廊下を歩いて行く。すると廊下の途中でひとりの司祭がわたしを呼び止め、これから聖歌隊の歌の発表会があるからおまえ手伝えというのだ。その司祭については、どうも顔を見たことがあるような気がするので、ほんとうは帰りを急いでいたのだが、発表会を手伝うことにした。急いでいたというのは、門限を過ぎると外部との行き来ができなくなってしまうからで、そのときはもう午後四時かそこらだった。
わたしは時間を気にしながらも司祭のあとについて行き、ホールのようなところに出た。ピアノが一台置いてあり、ピアノの横には譜面立てがある。ホールには木製のベンチが並んでいて、もう人が何人か座って発表会がはじまるのを待っている。
わたしは司祭のいいつけで、譜面をめくる係をやらされることになった。人がどんどん集まってきて、聖歌隊も出てきて、間もなく発表会がはじまった。聖歌隊の声が小さなホールに響き渡る。ああこのなつかしさ! 教会の歌はわたしの歌なのだ。
次の場面では、わたしは構内を歩いていて、門から外へ出て行こうとしている。前の場面ではわたしは確かに二十過ぎだった気がするが、いまは七、八歳くらいの子どもになっている。わたしの横にロシア人の女の子がいて、わたしについてくる。金髪の、赤いスカートをはいたかわいい女の子だ。
わたしたちが構内を歩いて行くと、芝生のところでゴルフかなにかしていた、クマみたいなロシア男が、ちょっと待て、あいつは日本人じゃないのかとわたしを差して云う。わたしは一瞬どきりとするが、その男の横にいた、麦わら帽子をかぶった農夫のような男が、なあにあれはロシア人との混血なのさといって、通り過ぎるわたしを笑って見ている。
わたしたちは門のところにたどり着いて、いよいよ守衛の横を通らねばならなくなるが、わたしが混血児だからか、横にロシア人の女の子がいるからか、守衛はちらりとこちらを見ただけで、なにも云わずに通してくれる。
門を出るとわたしはようやくほっと息をついて、女の子と話しはじめる。いつの間にか、わたしは子ども用の赤い自転車を押して歩いている。四角い籐のバスケットがついた、かわいらしい自転車だ。
「だから大丈夫だって云ったでしょ」
と女の子はかわいらしい、姉御肌のこましゃくれた感じで云い、なぐさめるようにわたしを見た。女の子の金髪はゆるく巻かれていて、おでこの左端のあたりに小さな花の飾りのついたヘアピンを刺しているのに、わたしはこのとき気がついた。
「それより、そのかごの中の詩を見せてよ」
自転車の前についた籐のバスケットの中には、折りたたまれたカードがたくさん入っていて、それにはみんなわたしの詩が書いてあるのだ。
女の子が手を伸ばしてきたので、わたしは自転車を止め、女の子に見せてやった。わたしはタチアナ某という、響きの美しい名前で詩を書いていて、女の子はわたしの名前を美しいと思っていた、わたしの詩も美しいと思っていたと云って、カードを一枚ずつ広げはじめる。
いつの間にか、わたしたちは丘の上に並んで座って、カードを一枚一枚眺めていた。わたしたちはなにかとても美しい会話をしたように思うけれども、その内容は覚えていない。

