最初の夢ではわたしはいい自殺の方法を考えている。そして思いついたのが、街なかをふらふら歩きながら呼吸を吐ききって止めてしまうという方法である。最初はこれでほんとうに死んでしまったりするのだが、そのうちに仮死状態になって病院に搬送されても復活するような気息のコントロールの仕方を体得し、繁華街のガード下や地下街なんかで急に倒れこんで周囲の人を脅かし、病院に搬送されて目覚めたりする。それが妙に楽しいのである。
そうやってふらふら街なかを歩いているときのことだったかわからないが、わたしはデパートで親戚の人たちに渡すお土産を買ってくる。そして家に帰るのだが、いざ親戚の人たちが家に集まって帰る段になると、自分がお土産を買ったことなどすっかり忘れていて右往左往する羽目になる。母には問いつめられるし、わたしは冷や汗をかき、最後の最後で自分がお土産を買っていたことを思い出して、家中を探し回る。家が妙に広くて入り組んでいて捜索は難渋するのだが、なんとか無事探し出して母に渡すことに成功する。
次の夢では、七、八歳くらいの少年が洞窟のようなところを進んでいる。これはある映画の撮影を追ったドキュメンタリーで、わたしはそれを友人と見ているのである。主人公の少年は地面に空いていた穴に飛びこみ、斜面を滑り降りて地下の洞窟のような洞穴のような広い空間を探検する。岩には苔が生えていて、小さなピンク色の花がところどころに咲いている。
少年はやがて洞窟を抜けて、広々したところに出る。遠くに廃墟のような建物がふたつ並んで建っているのが見えるが、そこへ古びた灰色のコートを着た年老いた男がやってきて、あれは廃墟のホテルだと教えてくれる。昔はこのあたりも栄えたが、いまではあのようだと老人は云う。
少年が見た廃墟のホテルが並んでいる場所は、どうも滝の裏のようなところだった。それで思い出したが、西遊記の主人公孫悟空は、長寿を求めて修行の旅に出る前には、滝壺から出入りできる楽園に仲間の猿たちと住んでいた。外敵の危険もなく、食べ物はそこらじゅうから好きなだけ手に入る、自由気ままなその国で悟空たちは何百年も遊び暮らすのである。
ホテルとは楽園のことではないか。なぜかイーグルスの名曲ホテル・カリフォルニアが思い出されるが、ホテルとは宿泊者にとっては生活の手垢を徹底して落とし去ることのできる場所である。だがそこはもう廃れて、廃墟になっているのだ。

