わたしの家では引っ越しをするらしい。
家じゅうの家具や調度品が取り払われ、部屋はスカスカになっている。わたしは子どもで、ものがなくなってゆく家の中をあちこち見て回る。家具がきれいになくなって、生活感の失われた畳の間に入ってゆくと、しかし壁にかけられた絵はまだそのままに残されている。わたしはそれをまじまじと見る。まるで生活に邪魔されて見えなかったものがいまはじめて見えてくるとでもいうように、わたしは純粋に絵(水墨画のような絵だった。祖父が好んで描いていた達磨の絵に少し似ていた)と対峙し、それを見つめる。
それからわたしは神殿へ入ってゆく。見上げると、高いところに吊り下げられていた太鼓が、木の枠や土台だけを残して片づけられていた。黒ずんだ木枠には蜘蛛の巣が張っている。それが窓から差しこむ日差しを浴びて、霞がかったような眠たげな光の中できらきらと光っている。
わが家の宗教は仏教と神道のまざりもので、古い家には暗くて広い神殿があった。その神殿にあった大太鼓は、わたしの好きなもののひとつである。太鼓は半月のような形をした木枠に吊り下げられていて、木枠には炎のような装飾を施した脚がついている。その太鼓はいまもまだ家にあるが、もう皮がぼろぼろで、張り替えの職人に頼むと非常に高くつくというのでそのままになっている。
その太鼓は薄暗い神殿の隅に、いつもひっそりと置かれていた。なにかのときに祖父が叩くこともあったが、たいていは誰にも顧みられずにだまって部屋の隅に置かれているだけだった。太鼓の横にはバチがぶら下げてあったが、そのバチは頭部が白い布のようなもので丸く覆われていた。わたしはそのバチの頭の丸みを触るのが好きだったし、太鼓のかたちも好きであった。その太鼓は叩くためのものというより、ただ薄暗い神殿の中で一緒に座っていればよいというような存在だった。太鼓の音は太くて大きく、おいそれと叩いてはならないような気がしたし、あんまり古いものなので、むやみに叩くのもかわいそうな気がしたのである。
太鼓を叩いたり手を叩いたりすることは、いずこの文化においても神へ呼びかけるための手段である。でも神というものはなにもわざわざ呼びかけないでも、神殿の奥の暗がりのなかにいつもいるので、こっちも向こうをよく見るが、向こうもこっちをよく見ている。この感覚はいまもあり、神様という御仁は、だいたい家のどこかにいつもいるものである。

